これは人生の3/4くらいを常に「早く安らかに死にたい」と思いつつなんだかんだ健やかに生きている人間がちょっと跳んできたら楽しかったという長い日記なので、無茶をしたら鬱が治るとかそういう話ではないことを念頭に置いてほしい。
回想から入るパターンのあれ
『バンジージャンプする』って映画の、口に出したときの微妙な据わりの悪さが逆に印象的で、なんだか記憶に残っているタイトルのひとつなのだけれども、結局まだ本編を見ていない。
それはそれとしてバンジージャンプですよ。
高いところから命綱つけて飛び降りるあれね。やってみたいという人もいれば信じられないという人もいると思うんですが、個人的には前からちょっとは興味がありました。人生で一度くらいはチャレンジしたいと思っていた。ただ、まあなかなか切っ掛けもないよねとも思っていた。
ところにやってきたのがこれだった。
要は例のスーパーブチアゲ(略)『HiGH&LOW』がよみうりランドとコラボして想像を超える規模のイベントをやるらしい、という話なんですが、その出し物のひとつがこれ。
バンジージャンプはRUDE BOYSとコラボレーション!
無名街をイメージした装飾をし、RUDE BOYSとともに地上22mの高さからジャンプします。合言葉は、「誰よりも高く跳べ!」
(引用元:公式サイト)(写真は自前でお送りしております)
バカじゃないのか。(言葉を選べなかった率直な感想)
"RUDE BOYS"というのは、『HiGH&LOW』作中で高い鉄塔や廃工場のような街並みの中、壁や地形を活かして体重を感じさせずにくるくる移動し戦うパルクールアクションを繰り広げるチーム(リーダーを演じるのは窪田正孝さん)なんですが、ファンが冗談で考えてきゃっきゃしてるような内容をそのまま持ってくるこのセンスよ。
これはネタとしても今跳んでおくべきじゃないのか? と軽率にtwitterで発言したら、やはり軽率にノってくれた友人がいたので後に引けなくなって行くことになりました。
行ったからといってそんな簡単に踏ん切りはつかない
さて当日。同行者含めて、今回がHiGH&LOW THE LAND初訪問だったので、まずは食事や上映会や展示を堪能。
その圧倒的な勢力により、かえってその一帯は統率がとれていた。内容に驚かされながらも、「遊園地デート!」という感じで楽しく半日近くを過ごし、行く場所、見る場所は尽くした感じに。
そこでどちらともなく「どうする? もう帰る?」みたいな雰囲気が漂い始める。
おまえたちはバンジージャンプをしにきたのではなかったのか。
いやそうなんだけど。確かにそう言って日取りを決めてきたけれど。実際気やすく思いきれるかというと、そうでもないわけで。
しかもコラボと言えどもただ布とペイントで装飾が追加されただけ*1、で跳んだら特典がもらえるとか、そういうことでもない。(しかも二人とも一推しチームがRUDEというわけでもではない)
いや~十分楽しかったし、無理して跳ばなくてもよくない~? と互いに尻込みの上、探り合いというか、宥め合いというか、ぽつぽつ会話をする中で、ふと出てきたのが「これって疑似的な自殺だよね」というダウナーワード。
そう、二人ともそれまで全く口に出していなかったのだけれども、ちょうどその頃、それぞれがそれぞれの日常において、上手く言葉にもできないような、モヤモヤとした感情を抱えていて、それがどうにももどかしかったんですね。
で、よくよく話してみたら、そもそも跳びたいと思った理由が共通して「楽しそう」とか「冒険したい」とかではなく、「今ここで跳んでおいたらなにかがすっきりしそうな気がする」「鬱屈としている自分を追いつめたい」「今後真剣に死にたくなったときに、『そうだバンジー跳ぼう』と思えるかもしれない」という非常に後ろ向きな前向きさだったことが発覚。
あ、じゃあ、跳んだほうがいいわ。跳ぼう。
いきなりストンと腹に落ちて、ちょっと勇気出して、跳びに行くことになりました。
あと「誰よりも高く跳べ!」とか言ってる割りに、隣の雅貴タワーと広斗タワー*2のほうが随分高くて「あれよりはマシ」という気持ちになったというのもある。どこまで見せつけてくるんだ雨宮兄弟。
というわけで跳ぶことになった
今更だけど筆者のスペック
・運動神経ゼロ
・高いところは(安全が確保されている環境なら)大丈夫
・絶叫系アトラクションがほぼだめ
・スピードや遠心力は割と平気だけど、乗車物落下時の浮遊感がだめ
・高さ10mからワイヤーつけてクッションに下りるのはやったことがある
・バンジートランポリンもやったことがある(楽しかった)
TDRを例に上げると、ビッグサンダーマウンテンは楽しめるけど、センターオブジアースがだめ、スプラッシュマウンテンがギリギリ、タワーオブテラーは怖いので乗ったことがない
なのでたぶん「やろうと思えばやれるだろうけど、怖さはある」という感じ。
さて、腹を括るふりをして士気を高めながらタワーの麓まで行ったらそこには券売機がなくて、ちょっと離れたところに買いに戻るあいだに気持ちが揺らぐみたいなこともありつつ、どうにか料金900円分を支払い誓約書に記入完了。
ちなみに誓約書は(よみうりランドの場合は)「妊娠や心臓の病気の有無の確認」とか「上でリタイアしても返金には応じない」とかそういう内容で、無駄に恐怖を煽られたりはしませんでした。
誓約書に記入が終わったら、ジャンプ台に上る前にロッカーに荷物を預けて、ハーネスを装着してもらいます。
身体に軽い拘束感があるだけで、何故か少し強くなったような気持ちになるので面白い。ちょっとだけど肩の力が抜けます。(話が逸れるけど、緊縛というのも一度体験してみたいのであった)
そうそう、当たり前だけどスマホとか一切持てないので、記録残したいならだれか人をつかまえて外で待っていてもらいましょう。
今回うっかり二人一緒に行ったので何も撮れなかった。
で、ここから階段上ってジャンプ台まで行くんですが、ここが結構揺さぶってくるいうか、何故か踊り場ごとに「今これくらいの高さだよ!」と煽るような豆知識が書いてあったりして、無邪気な圧がすごい。普通に上らせてほしかった。(なにもないならないでしんどいのかな……)
これは高さ自体が怖いというよりは「今平気であるものが、急に恐怖に変わりそうな感覚」や、「自分の中の認識や感覚の土台が、突然揺さぶられている」ことに対する恐れが強いかなと思います。後ほど跳ぶ直前にも急に感じた。ゲシュタルト崩壊の冷やかさに似ているかもしれない。
高さの話で言えば、一番上はジャンプ台に行くまでの足場が網目だったので、高いところが苦手な人はそれだけでつらそうだし、ここで竦んでリタイアしちゃう人も確かにいそうだな~という感じでした。
想像以上 現実と理想
そうして辿り着いた頂上で何故かこのフレーズが頭をちらついていた。Do or Die…。
くだんの網目の足場を渡ってジャンプ台まで行くと、係員のお兄さんが慣れた手つきでハーネスにゴム製のコードを装着してくれます。疑うわけではないけど怖いのでまじまじと見つめてしまう。
初めてなのでだいぶどきどきしているし、勝手にコミュニケーションを期待する私を残し、サクサク終わらせて台の先端に向かう係員氏。
「はいじゃあ青い(安全)バーを自分で押してこっちに来てください」
!?
えっ。えっ待って。「初めてですか〜?」とか「コツはですね〜」とかそういう会話はないの。ない。そう。そうか。なおバーを押した先は横に手摺こそあれ正面にはもうなにもない。無。そう。そこに行けと。そう。
しかしこういう場所で専門家の命令は絶対なので従う他ない。
意を決してバーを押して先端に向かう。うおおお高い。知ってたけど高い。
ようやく跳ぶことを実感してくる私に、流暢に続ける係員さん。
「じゃあ手を首の後ろで組んで」
「爪先を半分外に出して立って」
「そのまま垂直に倒れてください」
テンポがすごいうえにあまりにも無慈悲。
ああ何百回もこの説明をしてきたんだろうな…というオートマチックさ。
えっ「じゃあ」って。「じゃあ」って。
待って待ってウェイト。
爪先を半分出す?????????
垂直に倒れる??????????????
言われていることがわかるけれどもわからない。
リアルにおまえは何を言っているんだみたいな気持ちになる。
私 「爪先を半分外に出して垂直に倒れる?????(手を組みながら)」
係員「そうですね、足の裏を半分くらい外に出していただいて」
私 「あっやっぱり半分宙に浮かせるってことですよね????」
係員「そうです。そしてカウントダウン後に”バンジー!”で倒れてください」
私 「まえにたおれる」
係員「僕が”バンジー!”で背中押すこともできますけど自分で行けます?」
私 「あっ押してもらったほうがありがたい気がしまちょっと心の準備させてもらっていいですか???」
後になってこれは水泳の飛込競技(プールサイドの縁じゃなくて上からのやつね)の基本姿勢と同じとか聞いたのですが、そもそも日常生活で前面に向かって垂直に倒れることってまずないじゃないですか。イメージができない。
足から真下に落ちる覚悟は持ち合わせていたけれど、そうかバンジーってそういう落ち方しなきゃいけないんですね。えっこわい。
怯えていても仕方ないので、頭の後ろで手を組んだ姿勢のまま目を閉じて、もっふもふの羽毛の山に倒れ込む想像をする。焦りすぎて羽毛っていってんのにヒツジとかウサギとかもこもこ出てくる。メェ。
本当は目を開けたまま跳びたかったんですが、直前でいきなり足元からせりあがってきた恐怖に呑まれそうになったので、閉じたままのほうがいいだろうということでそのまま押してもらって落下。
跳ぶ前にスモーキーよろしく空を見上げて「愛の意味さえ知らない…」とかやろうと思ってたのにそんな余裕はなかった。
あと今思えばお兄さん「誰よりも高く跳べ!」くらい言ってくれてよかったんじゃないか。コラボとは一体。
実際跳んでみたらこんな感じだった
多分目を閉じていたせいもあると思うけれども、跳んですぐは声とか出ませんでした。
身体が放り出された恐怖はかなりあったものの、落ちた直後までは気構えが続いていたのかもしれない。
いつ目を開こうかなと思いながら、しばらく落ちても全然反動みたいなのがこなくて、ふっと開いてまだまだ全然落ちるんだとわかった瞬間、吸いこむみたいな悲鳴が漏れた。
22mの落下、思った以上に体感が長い。
前に10mを足から降りたときはあっという間で拍子抜けしたんだけど全然違った。半分くらい落ちてようやく声が出て、それでもまだしばらくあった。びっくりした。
上でも書いたけど、出た悲鳴は叫ぶほうじゃなくて吸うほうでした。ジェットコースターとかでは叫ぶタイプなので新鮮な発見。
いや~やっぱ堪えようと思っても出るときは出るね。あれ足から落ちたらやっぱり少しは変わるのかなぁというのが気になります。
そんな感じで、当然ながら一度目の落下が恐怖のピーク。
コードの限界まで落ちたら、反動で打ちあがってまた落ちるを数回繰り返すんですが、一度落ちきっちゃったあとの上下は、不思議とそんなに怖くない。(コードに引っ張られている感覚があるからだと思う)
ただ、反動で上がったてっぺんで、ふっとGから解放される瞬間があってそこがむちゃくちゃ怖かった。
魔法使いとかが突然飛べなくなったときはこういう感覚なのかな…超怖いな…。キキはすごいな…。(魔女の宅急便)
2回目くらいまでは衝撃に呑まれていたけれど、3回目からは景色を楽しんだり(ただし頭が回っていないので、慣れるまでは連続撮影みたいな断片的な記憶になる)、感覚を分析してみたり、通りがかりの人がこっちを見て怯えているのを見てちょっと得意になったりできました。跳んだよ!頑張ったよ!
それでも浮遊感(マイナスG)には結局最後の最後まで慣れることがありませんでした。あれもう少し感覚を確かめて克服してみたかったな…。
最後はコードが伸び切ってエアクッションに着地するので、転がって下りて終了。(スパイ映画気分で楽しい)
ハーネス外したときには、自分で笑ってしまうくらいすっきりしていた。
終わってからぼんやり考えたこと
本当にびっくりしたんですけど、跳び終わったら面白いくらい心身がリフレッシュされてたんですよね。
もちろん全部が全部じゃないのだけれど、跳ぶ前に蓄積されていた澱が10なら、3くらいには軽減されていたと思う。
憑物が落ちるってこういうことを言うんだろうなぁ。オーバーだけど、人によってはちょっと生まれ変わった気持ちになるかもしれない。
それはたぶん、珍しいほどの達成感とか、身体が放り出されるときの心許なさとか、自由さとか、自分ではどうにもならない感覚に身をゆだねることとか、恐怖とそれからの解放とか、いろんな要素が重なっているのだろうけれど、やっぱりあれって疑似的な自殺なのかなぁとか思ったりもした。
小さい頃って怖いものがいっぱいあって、電気消されるだけでぎゃん泣きしたりしてたんですけど、大人になると少しずつ克服して、あと、転んで怪我するみたいなこともなくなって、日常で恐怖らしい恐怖とか、痛みとか、そういうひりひりしたものを感じることって、最近あんまりなかったなとか。
昔の人って(狩りをしていたような時代の話をしています)常に生死が近いところにあって、そういう感覚の中に生きていたんだろうなぁとか、現代って安全になるかわりにそういうことが少なくなって、だから絶叫マシンとかこういうアトラクションが求められる部分があるのだろうとか、それって贅沢だったり傲慢にも感じるけれど、やっぱりどこかしらバランスをとるために必要なんだろうなあとか。
あと、前にこんなに生死を身近に感じたのはいつだったかなと考えたら、311で暗闇を2時間半歩いて帰宅したときだったなとか、逆にバンジージャンプを通過儀礼にしている民族もいるんだよなとか、私は痛いの嫌だからできないけど、リストカットで癒される人の感覚もこれに近いのかなとか、関係あるようなないような、とりとめのないことを次々思い浮かべていたら、友人が補助クッションにしがみついて落ちてきたので目を見張った。
えっ待って私のときと違う。
友人「お兄さんが『怖かったら抱きついてもいいですよ~』って言ってくれたからそっちにした~」
・・・・・・?
たぶん、たぶんなんだけど、高所での待機時間が長いほうが恐怖が増幅するので、先に跳んだ私のほうは深く考える間を与えずさっさと跳ばせつつ、それを待つことになる後続の友人のほうには手厚いフォローがあったのだと思う。きっと。たぶん。そう。そうだと思う。
さて、そういうわけで当初の目的も完遂の上で帰路についたわけですが、大変リフレッシュはしたものの、もう一度跳べと言われて跳べるかどうかは正直ちょっとわからない。
次があるなら、本当に死にたくなったときかもしれない。
完全に余裕がなくなる前に、跳ぼうと思えるだけの気力があればいいし、それで変わることがあったらいいなと思う。
あと、自分でお金払ったからこそ跳べたんだろうな~というのもちょっと面白かったです。誰かに「払ってあげるから跳んで」と言われても多分跳ばないし跳べない気がする…。
以上、バンジージャンプを跳んだ日記(約2か月遅れ)でした。
あのとき感じたひりひりした感覚とかについては、もう少し突き詰めて考えてみたいけどまた今度。
なお怖かったので他のアトラクションは観覧車しか乗っていません。
そして実は高所恐怖症の友人は観覧車のてっぺんで怯えていた。ほんとよく跳んだね!ありがとう!