そのひのことごと

平和に生きたい個人の個人による覚書なのでできれば優しくしてほしい

HiGH&LOWにおけるキジー(KIZZY)という女性をめぐる描写の嬉しさとしんどさについて

そろそろ書く人が出てくるんじゃなかろうかと思ってたんだけど、せっかくなんで自分で書くことにしたエントリ。

さて、ご存じかどうか知らないが、『HiGH&LOW』とかいうLDHのマネーパワーとプロ根性と映像表現の本気とロマンがこれでもかと詰め込まれたスーパーブチアゲコンテンツの話である。
『HiGH&LOW』シリーズがどんなコンテンツで、今どんなムーブメントが起こっているかというのは、既にいろんな人が書かれているのでそちらにお任せすることにして、今日はそこに登場するキジー(KIZZY)という登場人物の話をします。

 

そもそもキジーって誰よ

『HiGH&LOW』には "S.W.O.R.D" と総称される5つのグループが存在しており、キジーはその中の "W" こと"White Rascals"に所属している人物。
"White Rascals(以下WR)"は、かつて父親のDVが原因で母と姉を失った男、ROCKYを筆頭に「女性を守る」ことを信条としたグループで、彼女はそこの紅一点。(白いけど)

ビジュアルはこちら。(画像左)

www.cinemacafe.net

というわけで演じているのは男性です。
一部プレスではおもっくそ「オカマキャラ」などと書かれているけど、正確には、身体は男性で心(性自認)は女性(MtF)のトランスセクシャル(TS)。

胸こそ無いながら*1性別適合手術を受けたような描写も挟まれるので、演じているのが男性でこそあれ、現時点では完全に女性です。*2
なお、作中にカイトという男性のパートナーも存在しています。*3

彼女の背景や魅力について

ジーは元々、"WR"とは真逆の、女を食い物にする"DOUBT"というグループに所属していました。
"DOUBT"時代、女性を守ることを信念とするROCKYと戦闘になった際、きらめくネイルを切っ掛けに、彼に「心が女性」だと見抜かれてから、パートナーのカイトと共に"DOUBT"を離反、共に"WR"を立ち上げることになります。

まあぶっちゃけファッションとしてネイルしてる男子なんてそこそこいるし、別途女装趣味の男子の可能性もあるので、これ描写としては結構際どいんだけど、それは画面のわかりやすさ優先の描写であって、ROCKYは色々な要素を総合して判断したってことにしておこう。
それにしたってどうなんだという話もあるけど当事者(キジー)がそれで絆されたんだからそこもとりあえず置いときます。(考えるな感じるんだ)

ついでに言うとTHE MOVIE2では"DOUBT"頭の蘭丸や、幹部の平井に辟易していた描写も追加されているので、どっちにしろ彼女が離反するのは時間の問題だったと思うのだけれど、そもそも君どうしてDOUBTにいたの。

精神が女性のキジーが女性を食らうグループにいて、男性相手に楽しく暴力をふるっていた背景を考えると、それはもう深い想像が進み日が暮れてしまうので今回は置いとくとして、"WR"についたキジーは当然ROCKYの下で女性を救うことになりますし、その際、粗暴なROCKYを窘めながら、怯える女性の前に跪き、手を取って微笑むようなこともします。(ドラマS2-5)

この、「女性であるキジーが、女性を安心させるために、男性の身体で王子様的なふるまいをする」の、サファイアやオスカル、天上ウテナに代表される「男装の麗人」という雰囲気になっていてとても魅力的なんですよね。

彼女は性自認こそ女性だけれど、(後にクリティカルな部分にメスを入れることになりこそすれ)生まれ持った自分の身体特性を活かすことにも躊躇いがない感じがあって、その自己肯定感(描かれないだけでコンプレックスも葛藤もあるだろうけれど)は、まさに当初の触れ込みである『性別を凌駕した』存在として生きている。
TSであることは彼女の大きな特徴だけれど、コアではない。メインアイデンティティでもない。一個人の「総合的な人としての魅力」のほうが強く表れている(と感じる)ので、それもあいまって、とても好きなキャラクターの一人です。

長々書いてきましたがこれを『HiGH&LOW』はドラマSeason2(全10話)内のep5-6たった2話(約30分×2)、しかも他の要素も同時進行しているので実質その半分(下手したら1/3)以下でさっさと説明してくれます。強い。
というかここまで設定盛られてるけど別にそんなメインキャラでもない。

なお、キジーが「生まれ持った自分の身体特性を活かすことにも躊躇がない」と最も感じられるのは当然戦闘シーンです。
"DOUBT"時代も"WR"時代も、力強く敵をぶちのめしますし、めちゃくちゃイイ表情と拳でもって容赦なく相手の顔を狙いにいきます。鬼強い。最高。
胸つくってない理由のひとつも戦うのに邪魔だからなんじゃないか。

ときに私はTHE MOVIE1で"MIGHTY WARRIORS"*4のセイラが"WR"に殴り込みに来るくだりで、女性に手を出しあぐねる他の"WR"メンバーの中に颯爽とやってきてタイマン張るキジーが見たかった。きっと見たい人他にもいると思う。今後機会があるならよろしくお願いしたい。

彼女をめぐる描写について

さて、彼女がTSであることは特徴のひとつだけどコアではない、みたいな言い方したけれども、ぶっちゃけドラマS2の時点では、結構コミカルかつステレオタイプ的な「オカマキャラ」「オネエキャラ」*5 的な描写のされ方*6もしています。

ただ、男性に見境なくセクハラを働くとか、何もしていない女性をことさら目の敵にするといったことはなく、上記のように毒舌を吐くときにも、なにかしらの理由があるので、それで誰かの足を踏むことは比較的少ないのではないかなと思う。(思いたい)

更にTHE MOVIE2では、話を動かすために結構顔を出してくれるのだけれど、話がシリアスなこともあり、せいぜいカイトをナチュラルに肘掛けにしているくらいで、最早ただの面倒見のいいお姉さんでしかない感じに。
(肘掛けにしたって、性別問わずする人はするだろうからほぼ完スルーである)

余談ですがそんなキジーを演じている稲葉友さんは、THE MOVIE1と2のあいだの期間にドラマ『レンタル救世主』でヒロイン*7と間違えて誘拐されるレベルの美人女装男子*8を準レギュラーとして演じる機会があり、その影響かどうかはわからないけれども今回のTHE MOVIE2では仕草や佇まいの女性的な美しさが段違いになっているので、それもそう感じる理由のひとつかなという気はします。
ジーにはないおっぱいに興味があったらレン救も見ると楽しいかと。

あとこんなこと書くとそういう役ばっかりやってんのかって感じになりそうなんで補足しておくと、今をときめく竹内涼真さんが主演の『仮面ライダードライブ』では、生い立ちにより影を抱えながらも溌剌と戦う19歳の青年を、現在放映中の『将棋めし』ではキレ者でちょっと鼻につく一面もある若手棋士を演じるなど、その役柄は多岐にわたります。
他の役や、ラジオで聞ける素の彼のトークとのギャップも、キジーという人物の魅力のひとつなのでしょう。

彼女をめぐる反応について

で、ドラマで彼女が登場した頃から言われてたことなんだけど、今回THE MOVIE2が公開されてさらに聞くようになったのが「HiGH&LOW世界において、キジー(とカイト)を『オカマ』とか『男女』とか『ホモ』とか、そういった言葉で攻撃したりネタにする人間が居ないの良いよね」という反応。

わかる。わかるんですよ。ほんとそれ見てて楽。
作中でみんなナチュラルにただの一人の人間として接していていて、「えっなにこの人」みたいな反応もゼロ。
敵である"DOUBT"のメンバーでさえも、(意図的なのかたまたまなのかはわからないにしても)そこを攻撃してはこないんですね。
そしてそれを心地よく、嬉しく思っている観客がいっぱいいる。
それって素敵だし、好ましいし、幸せなことです。

ただ、それってつまり「フィクションに"オネエキャラ"が出てきたら、揶揄されるのがお約束」という無意識の共通認識が出来ているってことの裏返しでもある。

いやー、しんどい。しんどいですよ。

「(不特定作品名)にマイノリティキャラが出ているのに、そのマイノリティ要素が茶化されていない!」というのが「嬉しい」「すごい」「喜ばしい」となっていることの、一見わかりづらい、つらさ。

本来それって当たり前であるベきで、いちいち褒めるほどのことじゃないはずなんですよ。それに「嬉しさ」を感じる人が多ければ多いほど、現実の異常さを再認識させられて、なんだかどんどんやりきれなくなってしまう。
だってこれって、「嬉しい」と感じている人こそ「それはいじられてしまう要素だ」って強くすりこまれてしまっているってことです。

これは「そういう共通認識が育ってしまっている2017年夏時点での(私の観測範囲の)社会がつらい」って話であって、「いいね!」という反応をしている人を責める気はまったくないし、むしろどんどん「いいね!」と言って欲しいけれども、本来「いいね」というのも変な話であって、それが普通(=いちいち気にも留めずスルーするはずのこと)であって欲しいんですよね。

だから、これが「当たり前」の世の中になるために、その「いいね」は「配慮されててえらい」とか「この作品が特別優れている」とかではなく、「当たり前のことが当たり前に描かれているのでストレスフリーでいいよね」みたいな、ごくごく軽く、ありふれた認識程度の感覚でもって、広がっていったら嬉しいなと思います。

犬がひどい目に合わないからいいよね、みたいな。

勿論、今はそれが「当たり前」になる前の過渡期であって、本来「当たり前」であるはずのことを、褒めて伸ばして増やしていく過程にあるのだと思うし、そういう意味で「優れている」「突出している」「えらい」と評する感覚や声もあると思う。
ただ、先に述べたように、「配慮があるからすごい!」と持ち上げすぎるのも逆差別になってしまうというか、私個人はそれを「優しい」とか「良い」と表現するのは、なんだか収まりが悪くて、もやもやしてしまったりもするのです。
例が雑だけど、「人を殺さない」ことを「優しい」と言っているような話なので…。
(あとぶっちゃけた話、ドラマS2時点でのなかなかに綱渡りな描写を見てると、色々な要素が絡んだ結果、偶然回避されただけのような気がしている)

それでも、そういう声があるのは、パラダイムシフトがおこりつつある今だからであって、そういう声が増えれば増えるほど、そういう作品も、感覚も「当たり前」になるはずだと、わざわざ触れる必要も、触れる発想もなくなると、私はそう信じています。
そして、ときにどんな運動より政治より軽々と、そういうことを起こしてしまえるフィクションの力を信じているし、愛している。

ちなみにですが、私個人はフィクションから差別的表現が完全に排除されるべきだとも思っていなくて、たとえば今回例に上げた『HiGH&LOW』であれば、「悪役」として描かれる"DOUBT"や"九龍グループ"のメンバーが使ってくる分には、多分そんなに気にならないんですよね。それは「そういうゲスで胸糞悪い思考性の奴らなんだ」という表現になるので。

でも、今回「悪役」として描かれている彼らでさえ(たまたまかもしれないけれど)そこは攻撃しないことで、彼らのよりコアな狂気や凶暴性に焦点を当てることができるし、ヒールとしての魅力が増すので、いいなあって思います。好きです。

 

*1:衣装ではっきりとは見えないので、単に控えめな設定だったらごめん

*2:17/08/25追記:役者さんがイベントにて「(本編の描写だと)カイトとキジーのどっちがどういう手の入れ方をしたのかは厳密にはわからないし想像にお任せします(意訳)」というお話をされたということで、実はそれも薄っすら気にはしてたんだけど確かにそうだな!という具合なのですが、ここではこの記事を書いた人がそれまで本編からそういう受け取り方をしていたものとして読んでいただけますと幸いです。パンフにもちょろっと書いてあったし。(でも本編から受け取れるものが全てという考え方に共感します)

*3:彼の性自認や指向は別段描かれていないので、実際どこまでどういう関係なのかはわからないけれど、公私共にパートナーであることは人物紹介にも記載済み。ペアリングをネックレスにしてたりと本編内でもがっつりペアの描写が。

*4:一方その頃湾岸地区で着実に勢力を伸ばしているグループだ!

*5:そもそも「オネエキャラ」という言葉自体が安易に使うと他人の足を踏みまくるので難しいのだけれど、各種プレスでそう書かれていたこともあり、ここではあえて便宜上使用しました。

*6:具体的には、「~わ」「~よ」といった文語的女性口調の他、独特な毒舌表現を使用したり、パートナーであるカイトにちょっかいを出す女性に対して、オーバーに嫉妬して追い払ったり等

*7:演:志田未来

*8:Eカップ